
町田にとって、歴史的な挑戦は最後まで続きました。
FC町田ゼルビアは現地4月25日、「AFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)」決勝でアル・アハリ・サウジと対戦。延長戦の末に敗れ、アジア制覇にはあと一歩届きませんでした。
しかし、この結果は決して“敗北”だけで語れるものではありません。初出場で決勝まで勝ち進んだその歩みは、日本サッカー史に残る快進撃です。
決勝は死闘に…数的不利から数的優位へ
試合はサウジアラビアのキング・アブドゥラー・スポーツシティ・スタジアムで行われ、前半からアル・アハリが主導権を握る展開に。町田は守備の時間が続く苦しい試合運びとなりました。
それでも粘り強く耐えるなか、68分に試合が大きく動きます。
FWテテ・イェンギと相手DFザカリア・ハウサウィが激しく競り合い、その直後に衝突。ハウサウィが頭突きを見舞ったとして一発退場となり、町田は数的優位に立ちます。
スタンドからはペットボトルが投げ込まれるなど、ピッチは一時騒然とする場面もありました。
数的優位となった町田はゴールを狙い続けますが、相手の粘り強い守備もあり決定打を欠き、90分を終えてスコアは0-0。勝負は延長戦へともつれ込みます。
延長戦での痛恨の失点
延長戦に入っても拮抗した展開が続きましたが、96分に試合が動きます。
左サイドからリャド・マハレズにクロスを許すと、ファーサイドでフランク・ケシエを経由。最後はフェラス・アルブリカンに押し込まれ、先制点を奪われました。
その後も町田は最後まで攻め続けましたが、ゴールをこじ開けることはできず、そのまま試合終了。あと一歩のところでアジア制覇を逃しました。
J2優勝から始まった“異例の快進撃”
町田ゼルビアの躍進は、2023年のJ2優勝から始まりました。
42試合で26勝9分7敗、勝ち点87という圧倒的な成績でクラブ史上初の優勝を達成。その勢いのままJ1昇格を決めます。
2024年はJ1初年度ながら上位争いに食い込み、昇格クラブの枠を超えた存在に。そして2025年には天皇杯を制覇し、国内タイトルも獲得しました。
そして2026年、ACLE初出場ながら決勝進出。アジアの頂点にあと一歩まで迫りました。
なぜこの結果が“偉業”なのか
この躍進の凄さは、単なる一発の快進撃ではない点にあります。
J2優勝、J1昇格、J1上位、天皇杯制覇、そしてACLE決勝進出――すべてのステップを段階的に突破してきました。
これは偶然ではなく、クラブの設計力と継続的な強化の成果と言えます。
特にACLEは、アジア各国の強豪クラブが集う舞台です。その中で初出場で決勝まで勝ち上がること自体が極めて難しい挑戦です。
町田は派手な個人技に頼るのではなく、組織力と堅守を軸に戦い抜いてきました。そのスタイルでここまで到達したことは、クラブの“本物の強さ”を示しています。
町田という街に残したもの
地域クラブとして歩んできた町田ゼルビアが、アジアの舞台で準優勝。
J2からJ1、国内タイトル、そしてアジアの頂点にあと一歩――この軌跡は、すでに“快進撃”という言葉では足りません。
この挑戦は、町田という街にとっても大きな誇りとなる出来事です。
そしてこの経験は、次のシーズン、そして再びアジアの舞台へとつながっていきます。













